大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2586号 判決 1969年7月24日

控訴人

加藤よね

外三九名

代理人

尾崎陞

外二名

被控訴人

合資会社江戸川製作所

破産管理人

清水繁一

代理人

小宮山正己

外一名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人等に対し別紙請求債権目録記載の各金員とこれに対する控訴人石川幸雄、同白井三郎、同清水進及び同森一夫を除くその余の控訴人等については昭和四十二年二月二十四日から、控訴人石川幸雄、同白井三郎、同清水進及び同森一夫については同年六月二十七日から右各金員支払済に至るまでのそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次に附加訂正するものを除くほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し、原判決の「原告等の主張する請求の原因」(一)(二)及び(四)中「原告等」とあるのはいずれも「訴外亡加藤円次郎及び控訴人加藤よね、同加藤雄三、同加藤愛子を除くその余の控訴人等」の誤記であるからそのように訂正する)。

控訴人等代理人は

(一)  訴外亡加藤円次郎及び控訴人加藤よね、同加藤雄三及び同加藤愛子を除くその余の控訴人等は昭和三十九年(フ)第三六号破産事件について昭和三十九年十二月十四日開催された第一回債権者集会において破産会社江戸川製作所の営業を廃止する旨の決議がなされたため退職させられたものであつて、この退職は破産宣告後のものであり、かつ任意の退職ではなく破産管財人のなした行為によつて退職させられたものであるから、本件退職金債権は破産法第四十七条第三号、第四号、第八号により財団債権と解すべきものである。すなわち

(1)  先ず本件退職金債権の発生原因たる解雇は破産財団の管理の一方法としてなされたものである。破産管財人としては何年間もの長期にわたつて営業を廃止せず従業員の雇傭を断続するという管理方法をとることもあり得るにも拘わらず、営業を廃止し従業員を解雇するという方法を選択し財団の管理を図ろうとしたため、その費用として本件退職金債権が発生したのであるから、本件退職金債権は破産法第四十七条第三号の財団の管理費用に該当する。かような費用が管理費用に該当することは会社更生法第二百八条第二号によつても明かである。

(2)  また退職金債権は労働契約上賃金の一部であり、退職時に一時に発生するものとみるべきであるから、退職なる事態を生ぜしめた者の行為によつて生ずる。退職金はその性質上賃金の後払であるが、決してその権利が勤続中に遂次発生しているものと考えるべきではなく、使用者が賃金の不足部分を退職時に補填するものという意味での後払というにすぎず、発生は解雇乃至退職によるものである。ただその数額が多くの場合勤続年数によつて計算されるが、これは右のような法的性格を変ずるものではない。そうだとすれば退職金は解雇の場合解雇者の行為によつて生ずるものといわざるを得ず、被産管財人によつて解雇がなされたときは、退職金は被産法第四十七条第四号の破産管財人のなした行為によつて生じた請求権に該当する。

(3)  更に退職金の法的性格が右のようなものであるとすれば、退職金は破産宣告後解雇されるまでの通常の賃金と同様に破産法第四十七条第八号の財団債権に該当するものと解すべきである。

(二)  訴外加藤円次郎は昭和四十一年十月二十五日死亡し、控訴人加藤よねはその生存配偶者、控訴人加藤雄三及び同加藤愛子はそれぞれ右円次郎の子として、それぞれの相続人となり、円次郎が被控訴人に対して有していた本件退職金債権をそれぞれその有する相続分に応じて相続した。よつて右各控訴人等はそれぞれ円次郎の有した退職金十六万八千円の三分の一たる金五万六千円宛及びこれに対する昭和四十二年二月二十四日以降右金員支払済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、

と述べ、

被控訴代理人は

訴外加藤円次郎が被控訴人に対し控訴人加藤よね、同加藤雄三及び同加藤愛子主張のような退職金債権を有していたことは否認する。右円次郎が右控訴人等主張の日に死亡し、右控訴人等がその主張のとおり円次郎の相続人であることは認める、と述べた。

理由

控訴人等は本件退職金債権が財団債権に該当すると主張するので、右債権が果して財団債権に該当するか否かにつき按ずるに、控訴人等は先ず右債権が破産法第四十七条第三号の破産財団の管理費用に該当すると主張する。しかしながら同条同号の破産財団の管理費用というのは破産管理財人が破産財団に属する財産と認めて実際に占有管理している財産の管理費用をいうのである。すなわち破産の目的は債務者の総財産からその総債権者に対して各債権額に応じて公平な金銭的満足を得させることにあり、このため破産においては破産宣告があると各債権者は任意弁済による強制執行手続によるとを問わず債務者の個々の財産の上に個別的にその権利を行使することが許されないこととされる反面、破産宣告当時破産者に属していたすべての財産は破産者から破産管財人の管理に移され、その監督の下に必要な整理が行われた上で換価され、破産債権者への配当にあてられるのであつて、このように破産の場合には通常の強制執行の場合とは異り、破産債権に対する共同担保たる破産者の総財産は破産的清算のための一個の目的財産として取扱われるのであり、これを破産財団と称するのであるが、破産法第四十七条第三号の破産財団は破産管財人が破産財団に属する財産と認めて実際に占有管理している総財産(現有財団)をいうのである。従つて同条同号の破産財団の管理費用というのも右の被産管財人が占有管理している財産の管理費用をいうにすぎないのであつて、会社更生法第二百八条第二号において会社の財産の管理費用というのと同じである。従つて、営業の廃止、従業員の解雇の如きは右の財産の管理の範囲に属さず、その範囲外の事柄であるから、従業員の退職金債権が破産財団の管理費用に該当しないことは明かである。なお会社更生法において更生手続の開始決定後更生計画認可決定前における整理退職の場合、その退職手当の請求権が同法第二百八条第二号の規定により共益債権になると解釈されているが、これは右請求権が同号の「会社の事業経営に関する費用」に該当するという理由からであつて、「会社の財産の管理費用」に該当するということからではない。従つて本件退職金債権が破産法第四十七条第三号の破産財団の管理費用に該当するという理由で右債権を財団債権であるとする控訴人等の主張は理由がない。

次に控訴人等は本件退職金債権が破産法第四十七条第四号の破産管財人のなした行為によつて生じた請求権に該当すると主張する。退職金の法的性格については功労報償説、生活補償説、賃金後払説と見解が分れているが、就業規則、労働協約等によりその支給が義務づけらている限り、その支給は労働条件決定の基準たる意味をもつから、退職金は労働基準法第十一条の規定にいう労働の対償としての賃金とみるべきものであり、しかもその履行期すなわち雇傭契約の終了時期は確実に到来するものであり、ただその時期が不確定であるというにすぎないから、退職金債権は不確定期限付の後払賃金として勤続年数の増加に伴つて累増するものとして、退職前既に雇傭契約を発生原因として生じているものと解するのが相当である。従つて破産管財人によつて従業員が解雇された場合はそれによつて初めて退職金債権が発生するものではなく、退職金債権としては既に発生しており、ただ解雇によつてその履行期が到来するにすぎないから、退職金債権は破産法第四十七条第四号の破産管財人のなした行為によつて生じた請求権には該当しないものというべきである。従つて本件退職金債権が同条同号の請求権に該当するという理由で右債権を財団債権であるとする控訴人等の主張も理由がない。

また控訴人等は本件退職金債権は破産法第四十七条第八号の請求権に該当すると主張する。同条第八号は破産宣告の結果雇傭契約、賃貸借契約等一定の解約申入の期間を要する双務契約が解約された場合に破産宣告後契約終了に至るまでの間に生ずる相手方の賃金賃料等の請求権を財団債権としたものであるが、退職金債権は前述の如く破産宣告前に就業規則、労働協約等に基く退職金の支給を労働条件として雇傭契約を結んだことにより不確定期限付で既に発生しているものであつて、破産宣告後における相手方の労働の給付によつて退職金債権が発生するという関係にはないから、退職金債権を以て破産法第四十七条第八号の請求権に該当すると解する余地はないものといわなければならない。従つて本件退職金債権が同条同号の請求権に該当するという理由で右債権を財団債権であるとする控訴人等の主張も理由がない。

然らば本件退職金債権は財団債権には該当しないものというべきであるから、控訴人等は破産手続によらないでその権利を行使することは許されないものというべく、控訴人等の本件各訴はいずれも訴訟要件を欠き不適法であるというのほかないから、本件退職金債権の存否等につき判断するまでもなく全部却下を免れない。

よつて原判決は結局相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第二項の規定により本件各控訴はいずれもこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九十五条及び第八十九条の規定を適用して主文のとおり判決する。(平賀健太 岡本元夫 鈴木醇一)

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